NoEgoism

コミュ障引きこもり気質(人間のクズ)な大学生がいろんな趣味(ゲーム、マンガ、アニメ、音楽、グルメ)を一人でわいわい楽しんでるブログ

MUGENのデフォルトコモンステートを
ShipSilverstarさんの記事から。常日頃疑問に思っていることを少し疑問提起。

「sysvarは弄ってもよくない?」という件です。

変数弄りでペナ発動、ランクが変わって大惨事って狂上位くらいから見かけるシチュエーションですけど、たまに狂下位-中位あたりでも見かけることがあります。
それは有名な北斗の拳の「レイ」が変数弄りをしてしまうから。
Rei

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医療行為において人権の取り扱いはセンシティブな問題のひとつである。

患者本人が望む場合を「任意入院」と呼ぶ。
そも、治療は患者の意思によって開始されるものであり、治療を開始するには入院が必須な状況だったとして、患者が断れば治療は原則行われないのである。
しかし、原則は原則であり、とりわけ精神疾患においては患者が治療を拒否するため、他の入院形態を取ることがある。
その中の一つが精神科医の判断と保護者の同意により強制入院させる「医療保護入院」である。

拒食症(ICD10:F508)患者において、治療は入院において開始され「行動制限療法」により治療が行われる。
行動制限療法は、噛み砕くと「食事摂取以外に自由を制限した状況下に患者を置き、食事摂取を通して自由を与えることで強制的に意識を変化させる」療法であり、医療行為と人権制限の紙一重にある。
(参考:http://www.overcome-ed.net/chiryo/byoin/c-kodoryoho.html)

患者本人が「この判断は異常だと分かっているが食べられない」と自覚があるのであれば、患者自身も自身が正常な判断ができていないと認識できており、任意入院として治療介入の必要は考えられる。
医療保護入院は患者が正常な判断が出来ないために、正常な判断を持つ他者が代行として同意を取る強制治療であるが、その場合の正常な判断とは「社会的通念に照らし合わせ逸脱した判断」であり、患者本人にとっては「正常(症状を異常と判断していない)」である可能性を拭えない。

身近な例として引きこもりを例に挙げると、引きこもりはストレッサーである外界との干渉を避け、内に籠もることで幸せを享受している。
この反応自体は正常な防衛機制であるが、社会生活を捨て干渉を拒否し続けることで問題となる。
しかし、本人は幸せな状況に置かれている。
保護者からの依頼で無理に外界と接触させ治療する必要(介入のベネフィット)はあるのか。

他例として、事故により植物状態になった患者のリビングウィル。延命措置をして欲しくない本人の意思と判断を、保護者の判断で奪ってしまうリスク。
また、抗がん剤治療において本人はありのまま「天寿を全うしたい」と希望している場合。
配偶者や子供達が永らえて欲しいと願うことで、患者が望まない負担を患者側に負わせてしまうリスク。

本人が「そうあるべきだ」と判断し幸福であるのならば、本来は医療が介入する必要のない可能性もある。
疾病自体は人間が生み出した概念であり、精神科領域はとりわけ定量的/客観的判断が不可能な領域であるうえ、疾病区分の増加と拡張によって現代に生きる誰もが最低一つの精神疾患を抱えているともされる。

「人とはかくあるべき」「人として社会的生活を送れるようにしなければならない」といった社会的通念に医療が引きづられ、精神疾患は治療しなければならない疾患と判断してしまっている多数の精神正常者のエゴイズムが医療の姿を歪めてしまっている可能性も考えられた。

ビョイーンでもみもみ揉まれています。

もうとっくに始まってたんですけど、始まりました。
朝は5:30に起きて、6時には家を出てドナドナする生活です。家に帰ってくるのが7〜8時ごろ。
これまでが9時10時に起きる生活(クズ)なこともあって慣れるまで辛かった、今も慣れてないし毎朝起きるの辛いよお……と弱音吐きながらスーツ着て通ってます。
今も眠い。

早寝早起きなこの生活に慣れていけば身体も健康になるのでは!?
と思っていたら、そこまで目を見張るほどの効果は見られなかった模様。
とはいえ多少なりは効果があるようで、なーんにも運動してないのに体重はやや減少中。
ただし人はこれを「ストレス痩せ」ともいう。
ストレスによる過食と激太りリバウンドが今から怖い。

でもつまんないかと言われるとすっげえ面白いんだよね。
将来働く場だから早期体験って面もあるし、やることきくこと全部新鮮で怒涛の連続。
本来学部講義で学習は終わってるはずだろというツッコミはポイーで。

担当でちょくちょく話してた(当社比)二人のおばあちゃんも病状寛解で無事に退院なされて嬉しい反面、もう少し積極的なアプローチ取らないと発表に使えないし
「うわー!どうかいかないで……(悲嘆)」なんて悪魔な面もあり、普通に寂しい。
複雑な感情が乱れ雪月花!
普段は共感力0なコミュ障の癖に、こういうときだけ人間らしく共感してくなんてすごく都合の良いやつだぜコイツァ

毎日毎時毎秒「何を聞き、何を行い、何を振り返り、何を学んだか」について問われ続けて胃が吉里吉里しまくりんぐなんですけど頑張っていき申したい。

読み終えた感想をぱぱっと。
「未来日記」と呼ばれるこれからの未来が記された日記を携え、唯一人の勝者になり神を目指すサバイバルデスゲームもの

主人公の雪輝くんの能力は「無差別日記」で自分以外の周りを記録し続けたもの。ただし自分のことには一切触れていないので、その日記の結果自分がどうなるのかがわからない。
雪輝くんは見た目通りおどおど頼りなさげな少年。
そんな彼の隣にいて快刀乱麻の活躍を繰り広げる少女こそ彼の最大の味方であり敵なヒロイン:我妻由乃。

ヒロインのヤンデレっぷりが有名な作品ですが、そのヤンデレ設定もただの舞台装置なんかじゃ飽き足らず作品の根幹を担う立派な設定で感嘆しました。
振り返ると愛!愛!愛!って作品でしたね。
作品を通して唯一、神であるデウスまでも驚いた因果律の崩壊(我妻邸での死体発覚)の種が明かされた時には思わず息を呑みました。

初登場がゴスロリツインテで僕の好み100点満点なはずなのにまるで全く本人に似合ってない大胆不敵テロリストな「みねね様」と、新興宗教で担がれてるメカクレ影気味和服巫女の「春日野椿ちゃん」がとても可愛かった。
みねね様は未来日記モザイクで、椿ちゃんは未来日記パラドックスでしっかり描かれたことで満足。
とくに椿ちゃんは本編だと絡み薄いのですっげぇ嬉しかった!


以下ネタバレ

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サイゼリヤ
してきました。昨日、大学をサボっていきました。昼から酒を飲むなんて最高の快楽。
何を隠そうサイゼリヤでバイトしてるので圧倒的ホーム。事前の情報量が違いますよ情報量が。
バイト先の店舗は恥ずかしいので隣駅周辺の店舗に二人で突撃。
思う存分楽しめました。


……と〆られたら良かったのに。
結果は惨敗に終わりました。
サイゼリヤでの飲みについては肯定的な意見が多く散見されたので、逆に否定的な観点から書いてきます。

もくじ
[敗因]
・辛味チキンがそこまで美味しくない
・ムール貝のガーリック焼きは家で作れる
[利点]
・ワインが異様に安い
・メニューが豊富すぎる
[おまけ]
・注文への対応が柔軟


注文内容は
ランブルスコ・ロゼ 1本
辛味チキン・ポップコーンシュリンプ・ムール貝のガーリック焼き
ランチメニュー(鶏肉のオーブン焼き(バルサミコ甘酢ソース)、ハンバーグ(クリームソース掛け))
ドリンクバー

ランブルスコ、ランチメニューとドリンクバーは成功。
ちょっとした豆知識で、ランチメニューのハンバーグと通常メニューのハンバーグは種類が違います。ランチの方は合い挽きで通常の方は牛100%.
ドリンクバーではサイゼリヤに(客として)入るのはなかなかないので、大好きなカプチーノをガブガブしてました。6杯くらい。カフェインとアルコールのせめぎあいで半覚醒状態。
バイトでドリンクは(バレないように)飲めるけどさすがにコーヒーメイカー系列は無理だからねー。

振り返りの敗因と致しましては2点。
「辛味チキンがそこまで美味しくない」
辛味チキン
(画像は拾い物です)

全国津々浦々に存在する辛味チキンフリークにこんがり揚げられそうなタイトルなんですが、実際に食べてそう思ったんだからしょうがないじゃない。
辛味チキンはキッチンでよく出るメニューなので、絶対外さないと思い込んでいたのですが食べてみたところ(そんなに美味しくないかな?)と思ってしまった。

「辛味」と謳うわりにそこまで辛くない、油がすごくベチョベチョ、皮がパリパリしてない。
「百聞百見は一食にしかず」ですね。
後述の唐揚げが普通に美味しかったので、なおのことこちらの辛味チキンの微妙さが際立ってしまいました。

というより、辛味チキンって数ヶ月前と変わってませんか?
バイト中でオーブンに入れる前に(なんか前と見た目変わってないか?)なんて最近気になっていたし、焼きあがって出すときも(前はもっとパリッとしていたような……?)って疑問を感じてたんですけど。
もしかして辛味チキンの味付け方や工場での作り方が変わったのかなー、なんて。ちょっと勘ぐってしまう。

いちおうパリッとさせる裏技として、注文のときに「よく焼きでお願いします」と言えばこんがり焼いてくれます。
面倒だしいいやと見送ってしまったのがミスだったかもしれない。

「ムール貝のガーリック焼きは家で作れる」
ムール貝の
身も蓋もない意見ですが、実際そうなのだから仕方ない。
もっと言えば「ほうれん草のソテー」「アンチョビとキャベツのソテー」も家で作れる系メニューなのでサイゼリヤで食べる必要性は特にない。
味もそこまでおいしくなかった、ムール貝の旨味より貝の臭みが若干強かったよ。
これなら「エスカルゴのオーブン焼き」頼んだほうが良かったなー……って即後悔してしまうくらいには。
何よりも悲しいのが、キッチンでこれ用意するのちょっとめんどい(野菜ソースを注文来るたびに塗る必要あり)のにこの程度の味ってのが悲しい。



ようは調査不足だったって話。
エスカルゴのオーブン焼きや青豆のサラダ、ピザを頼めば良かったと猛省しました。
これで終わると後味が悪いので、良かったところや反省点も幾つかあります。

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http://www.lifehacker.jp/2013/12/twitter_2.html
こういう理由や@mentionを相手をフォローしてる人だけじゃなく自分をフォローしてる人全員に見せつけるためにやってんのか(悪意全開の受け取り方)と思ってたんですけど。

Twitter @の前にドットが入る返信ってなあに?
この記事を見て納得。にゃるほど。
2,3人以上にメンション飛ばすときはこうやってやったほうがいいのかな?

読んでいた本(診断推論)に面白い単語と概念が乗っていたので紹介。
JOMO.
有機系な人だとフロンティア軌道理論のHOMOって思うかもだけど違くて。
直訳すると「見逃す喜び」

正確なニュアンスは下記URLの通り
http://eigogreigo.publog.jp/archives/44115123.html
the Joy Of Missing Out, which helps people break away from their obsession with being connected.


昔で言うところのmixi、最近だとLINEなんかはコミュニケーションツールとしてメールにとって代わるほど便利なもので世間を圧巻しました。
しかし、いつでも繋がることができてしまうことによる外と内のボーダーレス化。誰とも交流することなく一人で居られる時間の消失。
「また学校で会おうね」といった仕切り直しが形骸化して、帰宅した後も強迫的に繋がりを迫られる世の中。
ともすると未読スルー、既読無視のようにややこしい社会問題まで引き起こすことに。

そんなときのためのJOMO.
せわしく追われる必要なんてない、見逃したっていいじゃないかと。個を取り戻すために。
赤い糸より強固に縛られる繋がりを放棄し、「ひとりの空間」を取り戻すための方策。

意識せずに僕自身はコミュ障でJOMOを享受しがちな人間で、LINEもいちおうはやってるもののほとんど見ず週に2回程度開くくらい。
それも突っ込まれてから(仕方ないなあ)としょうがなく覗く程度なのでむしろやりたくないくらい。
Twitterの気楽な点はただ垂れ流すだけで既読スルーやらでギャーギャー言われないところ。
さすがにコミュ障こじらせてるケースはJOMOの想定外でやや意味を誤認していますが。
これに関連して「7to7ルール」といって午後七時からと午前七時までは会社からのメールに対応しなくていい運動があるそうな、来たメールを読むには構わないけど返信したりはしなくていいよってもの。
仕事外での付き合いに関してはあれこれ言われるところありますがこうやって会社から「その時間はきっちり休んでいいよ」と明言されると安心しますよね。


SNSに限らずとも、情報を追いかけるだけで一日が終わってしまうような生活なんてのはこの情報過多社会においては耳が痛い方が多いのではないかなーと思ったり。
処理しきれているうちはいいのですが、あれもこれもと情報受信のアンテナを張り巡らせすぎてると脳がパンクしちゃったり。
そんな状態のことを「デジタルバーンアウト」と呼ぶんだとか。


そんなときにこの単語(JOMO)を思い出して、「たまには見過ごしてもいいじゃないか」って思えるようになれたら健康だよね。


ただし、「逃した魚は大きい」なんて故事がある日本ではあまり受け入れられないかも……

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